暮らしの保健室

暮らしの保健室の仲間たち:秋田森の保健室〜秋田県由利本荘市〜

コミュニティの特徴

秋田県南西部にある由利本荘市で個人病院の一角に営まれる「あきた森の保健室」。この地域は2005年に一市七町が合併するまでは、大内町として長年親しまれてきたエリアだ。秋田県面積の10%強を占めるという広大な由利本荘市だが、大内地域でも180.72㎢と山野に恵まれたエリアにエリアに約7,000人が暮らしている。高齢化の進行や単身世帯の増加も大きな課題である。

  • 一市七町の市町村合併で誕生した地方都市の一角を占める
  • 集落が点在し、移動については車かコミュニティバス(路線バスは廃止)
  • 単身世帯が増えている
  • 比較的人口密度の低い地域であったこともあり、コロナ禍による生活様式への影響は限定的であった
由利本荘市基本データ
  • 面積:1,209.08㎢(大内地域:181.72㎢)
  • 人口:74,954人(大内地域:7,094人)
  • 世帯数:30,651世帯(大内地域:2,587世帯)
  • 人口密度:61.9人/㎢(大内地域:39人/㎢)
  • 年齢3区分別人口
    • ・年少人口(15歳未満):10.0%(大内地域:8.8%)
    • ・生産年齢人口(15~64歳):52.6%(大内地域:49.8%)
    • ・老年人口割合(65歳以上):37.4%(大内地域:41.4%)
  • (令和3年1月31日現在)
移動

日本海東北自動車道が市内を貫通し、日本海側の都市間の往来を支える。市内に国道7号、国道105号、国道107号、国道108号、国道341号、国道398号などがあり、隣接地域や近県と結んでいる。JR東日本羽越本線と由利高原鉄道の羽後本荘駅が市内にあり、鉄道や羽後交通(バス)等の公共交通機関で移動できる。
大内地域は路線バスが廃止された区間にコミュニティバスが運行されている。由利本荘市役所地域振興課からはコミュニティバスについて「少子高齢化・過疎化・車社会化などにより利用者数が非常に少ない」とし、地域資源としての移動手段を守るため将来への投資として「あえてバスに乗る」という選択が重要と呼びかけている。

社会資源

国立病院機構あきた病院、JA秋田厚生連が設置・運営する由利組合総合病院など。旧本荘市周辺に所在。総合病院の受診は交通手段の弱体化もあって、1日がかりになることが多い。地域には伊藤医院の他にもう1つ個人病院がある。

あきた森の保健室のある「伊藤医院」と大内地域
  • 所在地:秋田県由利本荘市中田代字板井沢114-7
  • 交通:JR羽越本線羽後岩谷駅より徒歩8分→JA大内総合支所よりコミュニティバス乗車約30分
  • 院長:伊藤伸一医師

秋田高校卒。東京医科大学卒業後、小児外科を専攻。約20年間の大学病院勤務を経て2000年より伊藤医院を承継、現職。
診療科:内科・小児科・小児外科・漢方内科・整形外科
特色:高齢者の受診が多い。新生児から90歳超まで幅広い年代の受診が見られる。地域に根ざしたプライマリケアの提供、患者さんの病気を治すだけでなくその人が幸せに自分らしく生きていくことを支え、患者さんや家族の「ものがたり」に寄り添う医療をモットーとする。暮らしの保健室の構想を長く暖め、小野まゆみ看護師(現室長)との共感により実現。

  • 大内地域:コンビニやドラッグストアの連なる中心街まで森の保健室から車で15分ほど。若い世代は、由利本荘市の中心部(保健室から車で30分)、大仙市(同車で40分)、秋田市(同車で1時間)まで仕事や買い物に出かけるのが日常的。

あきた森の保健室の概要

  • スタッフ

    代表(医師)、常勤(看護師)1人
  • 利用者数

    30〜50人/月
  • 設置主体

    個人病院(伊藤医院)
  • 開設日

    2017年7月
  • 所在地

    〒018-0901 秋田県由利本荘市中田代字板井沢114-7
  • 電話番号

    080-5741-8620

暮らしの保健室の立ち上げ

伊藤伸一医師と小野まゆみ看護師伊藤伸一医師と小野まゆみ看護師
立ち上げた人

伊藤医院 院長 伊藤伸一さん
あきた森の保健室 室長 小野まゆみさん

埼玉県立衛生短期大学第一看護科卒業後、由利組合総合病院勤務。2017年3月退職、同7月より現職。「誰もが生き生きと、その人の望む人生を生ききって欲しい」という思いからコーチングのトレーニング機関」であるCTIジャパン応用コース修了。全ての人が生き方に自信と誇りを持ち、輝くことのできる社会づくりのために活動している「NPO法人育自の魔法」のファシリテーター資格も取得。

立ち上げたきっかけ

地元の大内町出身で、東京の大学病院に長く勤務した伊藤医院の院長・伊藤伸一医師が地域医療に携わる中で総合病院とは異なる目線の取り組み方、「治す」医療だけでなく「支える」医療と支え方が必要と実感し、新宿「暮らしの保健室」やマギーズ東京などを念頭に皆が自由に集まり医療・介護・子育て等の相談ができる場を模索する。
「森の保健室」に常駐する小野まゆみ看護師は長く由利本荘市内の総合病院に勤務。患者さんの病気だけではなくかけがえのない人生を生きることを支えたい、と感じていたことが転身のきっかけだった。
伊藤院長の呼びかけに応える形で2017年7月に伊藤医院に併設した「あきた森の保健室」を立ち上げる。カフェ風の外観の建物に、馴染みの患者さんたちも「何ができるんだろう」と興味津々だったという。
内装はフランス漆喰の壁にゆったりと間接照明が掲げられ落ち着いた居心地の良い空間になっている。

  • 「森の保健室」プレートとエントランス。
病院に連なって在る保健室

「森の保健室」は伊藤医院とつながった場所に建っている。開室時間は伊藤医院の診療時間に準じる(月・火・木・金8:30〜17:00、水・土8:30〜12:00、日・祝日はイベント時オープン)。

  • 来室者の内訳は
  • 受診のついでに立ち寄る
  • 診療時に話しそびれたり、聞き足りなかったりしたことを解消
  • 診療時に「となりで話を聴いてもらって」と医師に勧められて
  • 糖尿病等の療養指導のため
  • 受診する家族の付き添いで訪れた際に

といった例があり、診療所と隣接するメリットをフル活用している。

  • また、受診とは関係なく、
  • おしゃべりや相談、気分転換に
  • 小野看護師の前職つながりで他職種(ケアマネージャーや医療職)が相談に
  • その他、Facebookやイベントで知り、興味を持った

として訪れる例もある。

「森の保健室」には幅広い世代が訪れるのが特徴で、高齢者の場合は比較的、独居の割合が多く、また同居の人でも日中には一人で過ごすことが多い。家族との関わりの悩みなども寄せられるという。子育て世代では発育や発達障害の相談、介護についての悩みが聞かれる。発達障害の子供たちの中には、その特性から診察室には入れないものの、「森の保健室」には馴染んで長く過ごしていく例も見られるという。その他、専門職による相談など幅広い話題が上る場となっている。

活動の様子

認知症カフェからキルト教室に

2017年9月に認知症カフェとしてスタートした「森のほっとカフェ」の中で企画された「裁縫教室」が人気を呼び、キルト教室を不定期に開催している。講師とテーブルを囲んで針仕事に精を出すくつろぎの時間になった。参加者の手仕事を持ち寄ったピースがつながり、フレンドシップキルトが完成した。

このキルト教室には70〜80代の高齢者も参加し、かつてこの地域に存在していた縫製工場があったこと、女性の職場として定着していたことなどが語られた。

ワークショップ、健康教室事例

伊藤医師と小野看護師を中心に健康情報や生活情報を伝え合うワークショップを実施。

  • 健康教室(講師:伊藤医師、小野まゆみ看護師)
  • 専門家もそうでない人も老いも若きもフラットに語り合う「みんくるカフェ」
  • 一冊の大切な本を持ち寄り、物語を語り合う「大人のための絵本カフェ」
  • 次の世代に残す地球のことをみんなで考える「チェンジ・ザ・ドリーム・シンポジウム」
  • 生活を支える人を支えたいと隣市のファシリテーターが届ける「アンガー・マネジメント」
  • 医療チームおよび患者さんとの関係性向上のために役立つコミュニケーショについて語り合い、体験して学ぶ「医療コミュニケーション研究会FLAT」(現:医療コミュニケーションラボふらっと)
ナラティブック秋田(秋田県在宅医療・介護ICT連携促進事業)支援室

患者さんの要望や情報を本人が許可した範囲で患者家族や地域の医療従事者、介護事業者で共有する仕組み。病気や治療のみならず日常生活や患者本人の希望に寄り添う最適な医療や介護の選択に繋げることを狙いとしている。秋田県医師会が立ち上げ、現在各地で参加施設が増えている。「あきた森の保健室」はナラティブック秋田の事業に参加し、ナラティブブック秋田の利用に関して相談窓口となり、登録や操作方法などのサポートも行っている。

「森の保健室」に向けた地域からのサポート

「森の保健室」は地域を支えるだけではなく、自身もまたサポートされ、大切にされる地域の一部なのである。例えば、「森の保健室」の庭や花の手入れをしていると、どこからともなく花き栽培に詳しい地元の男性たちが声をかけてくれる。時には花の苗を持ってきて一緒に植えてくれたり、剪定の仕方を教えてくれたりして、綺麗になった庭をともに喜んで眺める。また、こうした人々が時には患者として、利用者として伊藤医院や「森の保健室」を訪れることもある。サポートする側とされる側は入れ替わり、助け合う。

地元の人たちと一緒に植えた花壇
6つの機能について

暮らしの保健室の活動を図る指標として、「6つの機能」がある。利用者にとって、また地域と関わる側にとって暮らしの保健室がどんな場であるかを概念化したものだ。これが、ここまで挙げた「森の保健室」の活動でどのように機能しているか、整理してみよう。

  • ①相談窓口…診療の前後に、また診療とは別個に訪れて
  • ②市民との学びの場…健康教室、ワークショップなど
  • ③安心な居場所…普段の保健室、キルト教室など
  • ④交流の場…ワークショップ
  • ⑤連携の場…カンファレンス、事例研究会、専門職との相談など
  • ⑥育成の場…認知症カフェ、花の手入れ

あきた森の保健室の活動は、上記のように「6つの機能」のうち様々な性質を持ちながら当てはまる活動を見せている。当地においてバランスよく機能を果たしながら展開していることを伺わせる。

医師が感じる「森の保健室」効果

伊藤医師は大内地域で生まれ育ち、父が開設した伊藤医院を承継している。現在、高齢者となり伊藤医院に通う人々の多くは「昔、僕のおむつを替えたよっていう人もいます(笑)」と語る。そんな古くからこの土地に住む人たちが集まる場所を作れたら、というのが「森の保健室」を考えたきっかけの一つでもあったという。「みんなが笑顔になる場ができたら良いと思いました」
暮らしの保健室を設けたことで、「医療だけではなく、その後のフォローがしっかりできるようになった」と語る。診察室は医療の場で生活や暮らしのことまで語るのは難しい。「家庭医なので日々のことにも総合病院よりは暮らしのことも聞いて相談に乗ろう、乗れると思っているんですけれど、やはり時間の制限もあるので、診療を終えてから患者さんが聞きたいこと、心配なことを保健室で聞いてもらえるようになったのは良かったと思います」
「それから、行政の方、ケアマネさん、訪問看護師さん、薬剤師さんなど多職種の方々が相談のためにやってきて、落ち着いて話しながら色々考えたり決めたりできる場にもなっている。堅苦しくなく、お茶を飲みながらカンファレンスをしたりもします。そうした場の力が会議にもたらすものを感じます。みんな、ここで好きなことを言えて、壁を感じないで話し合っていける。小野さんの雰囲気もあるのでしょうが、ここに来ると気持ちが安らぐ、と思って最後はみんな笑顔になって帰っていくのを見ると、ここを作って良かったな、という気持ちになります」(伊藤医師)

「対話を大事に、というのは伊藤先生も私も思うところです。対話の時の態度とか、間とか、仕事の上でもとても大切なことだと感じて、訓練を受けた(コーチングやファシリテーションを学んだ)こともあります。オンラインなどでも間が空くとどうしても埋めなきゃ、と焦ってしまいがちですが、対面の場ですとそうはならない。双方無言でいる時間が過ぎても、それもまた大事な対話になる。そういう時にこの保健室という場の力は大きいと感じます」(小野看護師)

コロナ禍における暮らしの保健室

感染者数が少ない秋田県では感染者の発生が少なかったこともあり、フォローアップが精度高く実現してきた。また、生真面目な県民性もあり感染予防の徹底が強く図られたこと、人口密度が低くソーシャルディスタンスの実現が容易であることもあって、コロナに対する意識の差は首都圏とは些か異なるものだった。

また、首都圏を中心とした都市部ではコロナによる自粛の影響で高齢者において低栄養やフレイル化の進行などが指摘されていたが、当地周辺では、コロナによって外出を控える、人と会えなくなる、こころの不調にもつながる、といった現象は特段見られなかったという。人口密度が低い地域であること、感染者が県内にはごく少なかったこともありコロナについては「よその話」といった感もあったという(注:取材時)

とはいえ、経済状況への影響は厳しいことは実感され、県外への移動、首都圏への訪問数は激減した。また小児科などはコロナ不安による受診抑制が強く、当時40〜50%の受診数減がみられた。病院、介護施設では面会ができない等の制限は避けられなかった。県の規模感から、行政、医師会、看護協会などが意思疎通を深め、まとまって方向性を維持しているのも特色と言える。

「森の保健室」を運営するにあたっては、通常通り開室し、訪問者には対応していたがキルトの会など集まるイベントは中止してきた。その後、感染症対策をしっかりとする形で徐々に再開を進めている。今後においてもwithコロナを意識してやっていかなければならない状況(取材時、2020年10月現在)だが、人の常としてリモートでもどんな形でも会って会話をしたいという願いが叶う必要はあると伊藤医師は語る。

「森の保健室」では集まってキルトを作る会は中断したものの、代替に各々でマスクを作るという動きが立ち上がり、マスクの作り方を情報交換したり、材料を受け取りに来たり、出来上がりを見せ合ったり、という中継点として皆が交互に「森の保健室」を訪れて交流ができる、その過程で相互の状態も報告し合うなど、場があることが交流を生じさせるきっかけとなっている(小野看護師)。

これからの課題

病院に勤務している間は退院調整部門にいて、看護師向けに「生活の目線で、くらしのある地域にお返しする」と指導する立場だったのですが、自分が暮らしの保健室に入って地域の患者さん接してみると、まだまだ病院での捉え方も自分も甘かったなって思います。その人が自分の人生を生ききるためにケアマネさんも看護師さんも、そのほか多くの立場の人の多くの目線を集めたら、きっともっとできることがあるように思います。そのためのお手伝いを、大きな病院ではなく、ここでしかできないことを丁寧に一つずつやっていきたいと思います(小野看護師)。

コロナ禍を乗り切り、訪問を期する

世界中が新型コロナ感染の影響下にあった2020年、本調査の取材計画も当初より様々な変更を余儀なくされた。コロナの感染者数が少し落ち着いたタイミングを見計らって調査計画を立案し、現地での取材を心がけたが、結論から言えば「あきた森の保健室」のみ現地訪問が叶わず、オンラインによるインタビュー、メール等のやりとりにて構成することとした。

当初、「あきた森の保健室」へは2020年10月頃の現地訪問を企画していたが、国の「go to トラベル」事業より当初除外されていた東京都が復帰した時期と重なり、各地自治体の首長からも移動と感染者増について様々な発言が相次いだ。特に東北の秋田・山形・岩手については感染者の域内発生に非常に繊細になっている時期で、秋田県知事からの訪問についてのコメントもあり、その時点での調査訪問は訪問先と地域との関係にも望まれないと判断して控え、zoomによるインタビューに切り替え、感染拡大が落ち着いた段階で年度内の訪問を企画することとした。しかし、その後も感染状況は拡大の一途を辿り、2021年初頭には首都圏の一都三県を対象に再度の緊急事態宣言、2月と3月にはその延長が発表されるに至り、本調査の現地訪問については今年度は断念することを決めた。非常に残念であるが訪問の機会を期している。

取材日:2020年10月3日(オンライン)
レポート:森さとこ
写真:あきた森の保健室提供

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