暮らしの保健室

暮らしの保健室の仲間たち:福町庵〜大阪府堺市中区〜

コミュニティの特徴

福町庵

堺市は、7つの行政区を持つ政令指定都市。古くは、中世にはすでに海外交易の拠点として「自由・自治都市」を形成し、経済、文化の中心地として繁栄していた歴史を持つ。戦後、臨海コンビナートと泉北ニュータウンの造成により、現在の姿に。高度経済成長期以降、大阪都市圏の発展とともにベッドタウンとしての役割も担うようになったが、近年では人口流出も課題になっている。

  • 大阪府において大阪市に次ぐ第二の都市
  • 中世から「自由・自治都市」として発展した歴史がある
  • 交通手段や医療資源が充実
  • 大阪都市圏のベッドタウンだが人口流出も課題
堺市の基本データ(令和3年1月末日現在)
  • 面積:149.82㎢
  • 人口:831,137人
  • 世帯数:396,196世帯
  • 人口密度:5,547人/㎢
  • 年齢3区分別人口
    • ・年少人口(15歳未満):12.6%
    • ・生産年齢人口(15~64歳):59.2%
    • ・老年人口割合(65歳以上):28.2%
移動

市内には、JR阪和線、私鉄の南海本線、南海鉄道高野線、泉北高速鉄道が通る。市中心部は阪堺線(堺トラム)も運行。バス路線も充実。自家用車での移動も多いが、公共交通機関の利用率も高い。福町庵のある福田は、堺市の中心部からは南海鉄道高野線で10分弱の、北野田駅から約1.5km。新幹線の新大阪駅から堺市の中心部までは電車で約40分。

社会資源

医療資源は、堺市総合医療センターほか42の病院、700以上の一般診療所がある。隣接する大阪市への移動時間も短いことから、両市の資源を利用できる環境。介護サービスについては、75歳以上人口1000人あたりの施設数(居宅介護含む)は、大阪市に比べると若干少ないが、大阪府全域の平均よりもやや多い。

福町庵のある堺市中区(令和3年1月末現在)
  • 人口:122,107人
  • 世帯数:55,962世帯
  • 人口密度:6,829/㎢
  • 年少人口(15歳未満):13.5%
  • 生産年齢人口(15〜64歳):59.8%
  • 老年人口割合(65歳以上):26.7%

福田 12,698人/5,614世帯(中区の中でももっとも多くの人が暮らしている地域)

福田地域の特徴

西高野街道も通る比較的静かな住宅街。江戸初期に大阪で材木商を営んでいた豪商福島屋次郎兵衛が開発した新田ということで福田という地名に。

  • ※和歌山県の高野山へと続く西高野街道は、平安時代から鎌倉時代初期に開かれ、江戸時代には大阪や堺の町人の通商の幹線道としてにぎわった。周辺は旧家も多い。

福町庵の概要

  • スタッフ

    2〜3名(看護師、場合によって料理などのボランティア)
  • 設置主体

    大坪医院(在宅緩和ケア充実診療所)
  • 開設日

    2018年10月
  • 所在地

    〒599-8241 大阪府堺市中区福田586-1
  • 電話番号

    072-270-5119(大坪医院)

福町庵の立ち上げ

大坪よし子さん大坪よし子さん
立ち上げた人

大坪よし子さん
大坪医院看護師、一般財団法人氏家記念財団前理事長

看護師、看護管理者として急性期・慢性期・特養での実践後、在宅緩和ケア充実診療所大坪医院の看護師として活動。一方で地域福祉、高齢者福祉に寄与するため2010年に財団を立ち上げ(2019年まで理事長)、がん末期の人も通所できるデイサービスや有料老人ホームを展開。

立ち上げたきっかけ

大坪よし子さんは、病院や施設で看護師、看護管理者として地域医療に長く関わってきたが、2005年に夫とともに大坪医院を開業し、以来大坪医院の看護師として在宅ターミナルケアに携わる。大坪医院は、24時間対応の在宅支援診療所で、2018年から在宅緩和ケア充実診療所。がんでの在宅療養の人の看取りは530例を超える。
理事長を務めた氏家記念財団では、2012年にデイサービス福町を立ち上げ、2013年にはケアプランセンター福町を開設。その後2019年に住宅型有料老人ホーム福町亭も開設し、「つながる福町」を目指して、誰でも住み慣れた地域で最期まで過ごせるような活動を進めてきた。
そのうち、以下のニーズが見えてきた。

  • がん末期の方も通所することができるデイサービス福町には、入院はしたくない、かといって施設にも入りたくなく、自宅で最期までとは思うが不安が大きいという人が時々いる。そんな時のサポートとして、ストレスや不安を緩和する場所が必要。
  • 訪問診療をしていると、本人が家族の前では本音を話せない場面にも多々出会う。また、家族もほっとできる場が必要。 →家でもない、施設でも病院でもない、「つながる福町」の中間的な場所。
福町庵のリビング
大坪医院と氏家記念財団

福田の地を開墾した、福島屋次郎兵衛から12代目にあたる(家としては29代目)当主であった氏家姉妹の訪問診療を、大坪医院でおこなっていた。子を持たなかった姉妹の遺志により財団を設立し、二人の遺した先祖代々からの土地と建物を利用したデイサービスとケアプランセンターを開設した。
その後、敷地北側の、別の人の所有だった土地と建物が売りに出されたタイミングで、前述のニーズが満たせるがんサロンのような場を作ろうと購入し、自宅兼サロンにリノベーションを行った。しかし、2017年に完成した建物は直後に不慮の火災により全焼。現在の福町庵の建物は一から建て直した2代目。リビングの天井を吹き抜け構造にし、建物まるごとをサロンとし、住居とは分けることとした。

ケアプランセンター福町

活動の様子

毎日オープンしている場ではないが、日々の暮らしに沿った活動をしている大坪医院やデイサービス福町、住宅型有料老人ホーム福町亭、近くに作った研修所「いきいき塾」も含めた全体で目指す「つながる福町」の要素の一つとしての位置づけ。その時々のニーズによって、相談の場、安心できる居場所、学びの場、連携の場、交流の場、育成の場の要素を含めた活動に用いられている。必要な役割については都度ボランティアをしてくれる人に声をかけ、大坪さんとともにこの場を支えている。

家族会議や相談

家族の前では話しづらい、本人の想いや悩みを聴く場として活用。ほか、人がいるところでは話しづらいこと、家ではなく場所を変えて話した方が落ち着きそうな内容の相談があれば、福町庵に一緒に来てお茶をのみながらゆっくり話す。訪問診療に行った先で、家族が疲弊していると気がついた時などにも、福町庵でのお茶に誘って話を聞いている。

専門職の研究会、カンファレンス

関係する法人内だけでなく、地域の専門職との研究会やデスカンファレンスなどに使用している。「こういう場だとけっこう本音が出てくるんです」と大坪さん。

市民の勉強の場

市民の有志の会などが勉強会を開きたいという時に、会場として貸すことも。また、その際に大坪さんたちが講師/相談役として参加することもある。住宅型有料老人ホーム福町亭の入居者が、特技を活かして地域の人向けに教室を開くのにも利用。

近所の人たちのお茶飲み、交流の場

近所の人たちが、老人会などの集まりの後でここでコーヒーを飲んで帰ったりする。(カフェとしてオープンしているのではなく、事前に連絡が来て代表者に鍵を渡す形)

在宅で療養するがん末期の方が、ちょっとお出かけを味わいたい時、家ではないところで家族とゆったりした時間を過ごしたい時に利用

ex.ホスピスに入るか、家で過ごすか悩んでいたがん末期の方が、最期まで家で過ごそうと決めた。その後のカンファレンスの中で、本人から「家族とレストランで食事をしたい」という希望があった。コロナ禍で外食は難しいこともあり、福町庵で、料理上手なスタッフがボランティアで来て料理をし、本人とご家族、普段は離れて暮らす兄妹と共にひとときを過ごすことができた。

ex.旅行が好きで家族で温泉旅行に行きたいけれど、病状からそれが叶わないという場合に、好きな入浴剤を選んでもらい、福町庵の庭の見えるお風呂でゆったり入浴をして、食事や一休みをしながら、今後のことについて話をする。

福町庵のバリアフリーのお風呂
遠方から家族が来たときの宿泊

すぐ近くにある、住宅型有料老人ホーム福町亭に住んでいる高齢者の家族が他の地方から来た際に、宿泊にも利用できる。

子育て中のお母さん同士の交流。子どもものびのび過ごせる場。

福町庵のリビングを入ってすぐのところに、おもちゃや絵本などを揃えた子どもスペースをつくってある。看取りや在宅ケアだけでなく、子育て中のお母さんが交流したり、子どもが少し日常を離れてのびのび過ごしたり交流したりする場としても活用している。泊まりでの利用もあるが、利用料は福町庵側では設定していない。利用する時の約束は次の2つ。オンラインゲームやTVゲーム等をしないこと、掃除をして帰ること。

子どもコーナー

福町庵と「つながる福町」の今後

福町庵は、2017年に民家からのリノベーションが完成したその日の深夜に火事に遭うという逆境に見舞われた。しかし、翌日近所にお詫びに廻った際、多くの励ましの言葉をもらったことで改めて地域の人たちとの交流を大切にしたいと思い、それを踏まえてサロン再建を考えよう思ったという。地域で長らく多くの人の在宅ケアに携わり、繋がってきた結果だろう。

そもそも、福町庵を作った土地(と建物)が売りに出された時、近所の住民が不動産業者に「ここを買いたい人がいる」と、真っ先に押さえておいてくれたというエピソードも、大坪医院と氏家記念財団の活動が、いかに地域の人たちに浸透し大切に思われているかが伺える。現在福町庵は、そうしたつながりの中で、必要な人に声をかけるなどして利用してもらっている形だ。

大坪さんは、2019年に氏家記念財団の理事長を、次の世代へとバトンタッチした。現在も、地域福祉に関わる若い世代の活動をサポートし、人とつなぎ、場所を提供するなどしている。
「育てるなんてとんでもなく、繋いで行くという気持ちでやっています。教えられることの方が多いです。人間のつながりも循環しているような気がしています」と大坪さんは話している。今後は、これまでの経験知を次の世代へと引き継ぎながら、行政や社会福祉協議会との協働でできることなども考えている。

場の力を最大限に活かした安心の居場所

がん療養中の人やご遺族が、ゆっくりと語れる場をつくるのが夢だった大坪さん。火事という逆境をもバネに、居心地のいい隠れ家的な場所をついに実現させた。長年の在宅ターミナルケアで感じていたニーズが出発点だったが、商人の町として古くから知られ、医療資源も比較的豊富な堺市においてもやはり、家ではなく、施設や病院でもない第3の居場所は必要ということだ。どこに住んでいようと、それは必須のものなのかもしれない。

じつは大坪さんは元デザイナー。身内のがん療養を通じて31歳の時に方向転換している。看護師として働き始め、看護も“アート”であり、前職に通じると実感したという。その後管理職を経験する中で、論理をもっと学びたいと4年制大学も卒業。その時にできた友人との交流は今も続き、福町庵の運営を助けてくれている人もいる。次に何が必要かを真剣に考え、即行動に移す実行力とアーティスト的感性が、今のつながりと福町庵の心地よいたたずまいを形作っていることを感じた。

取材日:2020年8月27日
レポート・撮影:神保康子

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