暮らしの保健室

暮らしの保健室の仲間たち:沼田町暮らしの安心センター〜北海道雨竜郡沼田町〜

コミュニティの特徴

安心センターの外観

沼田町(ぬまたちょう)は、北海道のほぼ中央部、空知管内雨竜郡に位置する町である。北海道の開拓初期より入植が始まった由緒ある町であると同時に北海道三大ヒグマ悲劇の現場となるなど、当時の命がけの開墾の様子を歴史に残している。

近隣には旭川市(約35km、車で60分程度)があり、現在は農業と道内有数の豪雪地帯として知られるが、かつては町内に5つの炭鉱を持つ石炭の町だった。旧国鉄の時代から名を残す札幌から空知管内の地域を結ぶ鉄道札沼線(さっしょうせん)の沼は沼田町のことであり(札沼線の沼田駅は現在廃止)、最盛期の人口は2万人を超えていた。
沼田町の人口はその後漸減し、現在は3千人程度に落ち着いているが、こうした経済・社会動向に影響される地域の変容や縮小に行政がどのようなコミュニティプランを描き実現していくか、はこれからの日本においてほとんど全ての市町村が直面する課題である。

こうした変化に医療・健康の面から沼田町が選んだ1つの答えが暮らしの安心センターとそこで運営される暮らしの保健室(構想)である。

  • 農村型、道内でも有数の豪雪地帯。
  • 高齢化と人口減少による町の変容をコンパクトシティ化によって乗り切る構想がある
  • JR北海道の路線が縮小される中で駅が残り(留萌本線)、近隣に大都市(旭川)が控えるなど、北海道内としては比較的立地と交通資源に恵まれている。
  • ルーツを富山県に持つ(諸説あり)
沼田町基本データ
  • 面積:288.35㎢
  • 人口:3,010人(2020年1月現在)
  • 人口密度:10.44人/㎢
  • 年齢3区分別人口(2015年国勢調査)
    • ・年少人口(15歳未満):8.9%
    • ・生産年齢人口(15~64歳):50.4%
    • ・老年人口割合(65歳以上):40.7%
移動

町内は石狩平野の北端の一部であり、大部分は平坦である。南部を中心に市街地があり、北東の方向にやや山あいの地域が広がる。主な移動手段は車となるが、町営バスが複数路線および指定停留所を利用した乗合タクシーなどもある。
車で移動する場合、南北30〜40分程度。

社会資源

厚生病院を編成替えして病院を廃止し、医療・福祉・介護施設を一体化した「暮らしの安心センター」を備える。デイサービスセンター、健康運動室、町立沼田厚生クリニックを備え、カフェ、ライブラリー、暮らしの保健室なども加わる。

沼田町暮らしの安心センターの概要

  • スタッフ概要

    沼田町保健福祉課、外部講師及び町内医療関係者、町スタッフがサポート
  • 設置主体

    沼田町保健福祉課
  • 開設日

    2017年10月(暮らしの安心センターオープン)
  • 所在地

    北海道雨竜郡沼田町南1条1丁目8番25号
  • 電話番号

    0164-35-2055

暮らしの保健室の立ち上げ

金平 嘉則さん金平 嘉則さん

沼田町の選択 町が持つ総合病院から複合型福祉施設へ

立ち上げた人

金平 嘉則さん(前沼田町長/平成23年から平成31年)

沼田町出身。沼田町で長く町職員を務め、特に教育委員会勤務時に社会教育分野の実績多数。住民と対話を重ねる地方自治の意思決定モデルを活用。

立ち上げたきっかけ

沼田町の選択:町立病院の建て替えを機に複合型福祉施設へ

暮らしの保健室の設立は、暮らしの保健室が営まれる「暮らしの安心センター」の設立に遡る。入院設備を備えていた町立病院の建て替え時期にあたって、この病院を将来的にどのように維持運営していくかは町にとって大きな課題であった。

町の選択肢を考えるにあたって沼田町では行政によって計画立案する方法ではなく、住民にまちづくりに参加してもらう方法だった。具体的には、タウンミーティングを重ね、繰り返し町の現状を共有することによって「自分ごと」意識を高め、未来像についても住民主体のワークショップによって意思決定を図った。その際に、町の職員には様々な規模や内容のワークショップで一人ひとりがファシリテーターを務められるような力をつけることが町長から要請されたという。

背景:過疎化、高齢化を抱える地域の住民にとって医療資源の減少は常に不安を覚える案件である。にもかかわらず、沼田町の町民が入院施設を廃止し町営病院の診療所化に同意したのは、1つには近隣に日本で初めて財政破綻を経験した夕張市の事例があったことが大きいという。夕張市も沼田町もかつて石炭を主軸とした産業を自治体内に有し、その消長に地方自治体の運営が大きな影響を受けた。夕張市では、財政破綻により市民病院が維持できなくなるという事態に直面している。沼田町に限らず空知管内の炭鉱由来の都市では将来に渡って過大な財政負担が生じることに敏感であり、「ある日突然病院が無くなることがある」「無理をして将来に禍根を残したくない」という意識がこのような選択につながった可能性がある、と行政担当者は語る。

コンパクトエコタウン構想〜沼田町の街づくり

現在、沼田町では少子高齢化による人口減少を前提としたコンパクトエコタウン構想が進められている。これは市街地の歩いて暮らせる範囲(500メートル圏内)に医療福祉・買い物・住まいなど生活に必要な行政サービスを集約することで居住者にも市街地への移住や集積を促し移動や豪雪による課題を解決するものだ。

さらに医療、福祉分野にとどまらず、沼田町では学校もまたコンパクトエコタウン構想の中で新しい芽を伸ばしている。かつての炭鉱を中心に町内に12校あった小学校は統合して市街地1箇所にまとめ、全通学者を対象にスクールバスによる送迎を実施している(写真学校外観、沼田学園の文字)。2018年からは小学校と中学校を隣接一体化した沼田学園としての運営が始まっており、小中学校での行事の合同実施、乗り入れ授業、学年を超えた交流などを通じて連携教育を進めている。学校敷地は旧沼田高校(2010年に閉校)跡地周辺を活用し、新築された小学校には教育関係者の見学も多い(学校内、教室等の写真)。こうした試みも地域づくりの方向性が一貫していることを感じさせる。

背景:沼田町で著名な行事として「夜高あんどん祭り」がある。毎年8月末に開催されるこの祭りは2日間で数万人の観光客を集める華々しい行事であり、高さ7メートルにもなる巨大な行灯をぶつけ合う様子は他に類を見ない。出展される行灯はすべて町内の団体(商工会、町役場、小中学校、駐屯自衛隊、等々)によって製作され、祭り後は町の記念館に展示される。

興味深いのは、沼田町のルーツとなる富山県に発祥の由来を持つというこの祭りは1970年代に沼田町の開基開拓者の出身地である富山県との人的交流がきっかけで、地元にもたらされたという点だ(沼田町開基80周年を記念したという)。祭りを通じて、地域意識の醸成と郷土愛の再活性化にも寄与しており、小中学校でも行灯を作る課外授業が組み込まれている。

このように、沼田町では学校、地域、祭り、コミュニティプラン、医療、健康と一見無関係に見える様々な事業が主旋律と副旋律のように絡み合って表出している。そしてそのことが町の次の選択にも大きく関わっているように見える。

暮らしの安心センターの位置づけ

こうした町づくりの中で中核施設として位置づけられるのが「暮らしの安心センター」である。介護、子育て、病院、運動の拠点として様々な取り組みがここから生まれている。

ここには先に触れた町立病院を改組して設けられた町立沼田厚生クリニックが設けられる。運営を北海道厚生連に委託することでコスト面の削減を図りつつ、内科と外科の常勤医師を置き診療所扱いながら地域医療の充実を図っている。

また、「暮らしの安心センター」には、通所介護・介護予防を担うデイサービスセンターも入っている(運営は沼田町社会福祉協議会)。さらに、デイサービスセンターで用いられるトレーニングマシンは一般にも開放されており、健康運動室として住民が健康維持や運動のために利用できるようになっている。

そしてこうした施設の真ん中を「なかみち」と呼ばれる通路が貫き平日にオープンする「なかみちカフェ」、町民からの寄贈本を展示・貸出する「なかみちライブラリー」、自由に読書などができるテーブルと椅子を備えた「ホール」などでリラックスして過ごすこともできる。

「暮らしの安心センター」は年末年始以外、一年中、土日祝日もオープンしていて、地域住民がいつでも訪れることができる(施設によってオープン日や時間は異なる)。ここでちょっと運動をしたりカフェで飲食をしたり、本を借りたりできる。中学生が「ホール」で学校帰りに勉強したり、冬場の外を歩けない季節に「なかみち」を室内ウォーキングコース代わりに利用する通院者や高齢者もいるという。年代や環境に関係なく、自由に訪れ、使うことのできる「みんなの家」「大きな町の家」として集まる場所となっている。

  • カフェ
  • トレーニングルーム

暮らしの保健室の位置づけ

ここでの「暮らしの保健室」は毎月1回、健康、医療、介護、運動、食育など、町民の暮らしに関わるテーマを掲げて実施する「講演会」「実技勉強会」「個別相談会」を指している。「講演会」「実技勉強会」は町内の医療関係者や外部講師を招いて多岐に渡るテーマで実施されている(別表)。個別相談会は行政の保健師、管理栄養士、健康運動指導士、介護支援専門員が携わり、要望に応じて随時実施されており、内容によってはデイサービスセンターやクリニックへ連携することも可能になっている。

こうした取り組みが身近なところからの健康意識の向上につながっていること、またこうした機会を利用して「暮らしの安心センター」へ足を運ぶことでと施設自体への親しみや町が取り組む運動・健康・医療に関する事業への認知を高めていることは想像に難くない。特に沼田町では全世代むけの発信がバランスよく行われていることも特色と考えられる。

加えて、もう一つの特色はクリニック院長からの講話による「地域医療コミュニティカフェ あったまーる」やウォーキングイベントの実施、町民有志で作る運動サークルなど、「暮らしの保健室」と銘打ってはいない活動にも随所に地域住民主体の取り組みをサポートする姿勢が見られる。

町づくり、コミュニティの構想の中に地域住民が自分たちで考え、決めていくことをサポートする、という暮らしの保健室の基本的な考え方が通底していることも挙げておきたい。

暮らしの保健室実施例
  • 歯から始める健康づくり
  • 子どもの足の育ちと靴の正しい選び方
  • 脳の若さを保つ秘訣
  • 上手な水分補給で熱中症対策
  • おなかげんき教室
  • 手洗いチェック教室
  • 健診の見方を知ろう
  • 最近のがん治療と利用できる制度

(2018年2月〜2019年3月)

将来への展望と期待

取材時に、沼田町の現状を語る言葉として、消滅可能性都市という言葉を聞いた。2014年に日本創生会議において提起されたこの言葉は社会に衝撃を与え、いささか物議を醸した。東京都豊島区でさえ、その可能性ありと指摘されたが、沼田町はこの消滅可能性が高い順ランキングで125位とされたという。

消滅可能性都市の定義は「2010年から2040年にかけて、20~39歳の若年女性人口が5割以下に減少する市区町村」とされるもので、実に全国の自治体の5割近くが該当するとされる。北海道からは消滅可能性の高い市町村ランキングでベスト10に実に6自治体が名を連ねている。北海道自体もまた都道府県中で今後の人口変動率が大きい自治体を最も多く抱えると予測されている。

そういった意味で沼田町は北海道、また日本の中で人口減少に伴う問題に先駆的に取り組んでいる地域であり、東京以外の自治体における選択肢として格好の題材を提供していると言える。人口縮小やそれに伴う自治体規模の縮小、社会・公共資源の分配再検討はほとんどの自治体にとってこれから避けられない話題となる。その時に、単純な縮小ではおそらくこの波は乗り越えられない。どんな議論をするか、何を選び、何を捨て、何を残すか、自治体の歴史やこれまでのあり様によって多くの選択があるだろう。

沼田町暮らしの安心センターを訪れて

沼田町の暮らしの保健室は町づくり、限られた医療資源の再配分と維持をどう選択するかという過程で出現しており、町の将来設計に深く根差していることがわかった。行政主導型として地域住民を支える取り組みは、自分たちもまた地域の一員である行政担当者たちに支えられている。

もし、ここに将来の希望を寄せるならば、訪問看護を活用した在宅医療、そして看取りも含めた地域医療の構築が挙げられるかもしれない。予防と健康増進への深くきめ細かい目配りに感銘を受けると同時に、病を得てから亡くなるまで看取りを含めた取り組みも可能なのではないか、そんな印象も持った。ただ、ここには病院で迎える死について北海道特有の地域事情も勘案できるのかもしれない。短い取材期間でそこまでの考察は叶わなかったが、いつかまた再訪してその可能性を尋ねてみたい。

取材日:2019年9月2日〜3日
レポート:森さとこ 撮影:神保康子

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